長沢慎一郎という日本の写真家をご存知でしょうか。
長沢慎一郎は、日本の先住民として小笠原に住む「小笠原人」に密着し、彼らのアイデンティティに迫った写真を撮っている写真家です。
5月に写真展を開催し、写真集も発売した注目の写真家・長沢慎一郎の作品や信念について紹介します。
長沢慎一郎とはどんな人?
長沢慎一郎は広告撮影などを中心に活動を行っている日本の写真家です。
JR東海うましうるわし奈良などの撮影を担当し、目にしたことのある写真もあるのではないでしょうか。
そんな長沢氏がフィールドワークとしているのが、小笠原の人々の撮影です。
小笠原諸島と言えば、自然豊かな南の観光地を思い浮かべます。
長沢氏も以前はそう思っていたと言います。
しかし、2008年に雑誌で小笠原父島の100年前の先住民の写真を見た長沢氏は、小笠原の歴史に深い興味を持ち、日本の先住民として小笠原に住む小笠原人(Bonin Islanders)という彼らのアイデンティティーを写真として可視化することに情熱を注ぎ始めます。
その後、何度も小笠原に足を運び、十数年に渡って撮りためた作品は、2021年5月に写真展で発表され、写真集が発売されると、現代の問題を提示した作品として大きな話題となりました。
小笠原人の歴史
かつては無人島だった小笠原諸島。
日本人は小笠原諸島の父島を「無人のしま」と呼び、英語圏でそれが「無人→Bunin→Bonin」と伝わり、「ボニンアイランド(Bonin Islands)」と呼ばれるようになりました。
1830年にそのボニンアイランドに初めて定住したのが欧米人5名とハワイ人20名。
彼らが小笠原人、「ボニンアイランダー(Bonin Islanders)」の祖先と言われる人たちです。
1876年に小笠原の日本による統治が国際的な承認を得られるまで、どの国の政府も小笠原の統治には関与しないまま、住民たちは農業や漁業を営み、捕鯨船に向けての港を拓くなどで生計を立てながら生活し続けます。
その後、日本政府の開拓が本格的に開始されると本土からの移民で人口7,000人を超えますが、太平洋戦争では戦局の悪化により、軍属以外の全島民6,886人が内地へ強制疎開させられました。
1945年に日本が敗戦した後も、小笠原が米軍の占領下に置かれたため、帰島を許されたのはわずかな欧米系の島民のみでした。
父島母島の島民の帰島がようやく許されたのはそれから23年後の1968年のことでした。
小笠原の人々はこうして政府や戦争に常に翻弄されてきたのです。
長沢慎一郎が語る小笠原人の歴史と思い
写真家長沢慎一郎は、どんな思いで小笠原の歴史、そして小笠原人として暮らす人々に寄り添ってきたのでしょうか。
長沢氏の思いを撮影秘話とともにお伝えします!
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長沢さんはもともと歴史や文化に興味があったのでしょうか?:
「もともと民族系には興味がありました。
海外の民族をテーマにした写真集を見たり、日系などは関係なく、ブラジルやペルー南米の民族に興味がありましたね。
小笠原に興味を持ったのは旅行雑誌に載っていた1枚の家族写真がきっかけです。
初めて住んだ人が日本人ではなかったと知って興味がわき、小笠原の人々に会いに行きたいと思いました。」
それでも初めは歓迎はされなかったそうですね:
「自分たちの歴史に興味をもってほしいという気持ちはあったと思います。
ただ、過去にドイツ人の人類学者が来て彼らを標本のように撮影した事や、返還のときに勝手に新聞に載せられたというような、写真に対してとても嫌な思い出があり、最初は拒否反応をしめしていました。
自分たちが思っていないようなことを書かれたりすることへの抵抗があるのだと感じました。
それでも2,3人は撮影に協力的な方がいたので、そうした方の写真や風景などを撮りながら小笠原ですごしていました。
そうやって撮影した写真を見せることで、はじめは否定的だった住民の方も徐々に理解してくれるようになりました。」
不本意な書かれ方に敏感な彼らも、長沢氏が撮影した作品に関して厳しくチェックすることもなかったといいます。
島に滞在し、彼らの生活に密着することで、住民との信頼関係を築いていったのでしょう。
また、滞在中は撮影だけでなく飲みに行ったりなどプライベートでも親しくなるほどだったそうです。
住民たちと接することで、長沢氏は住民自身のある変化を感じたと語ります。
「ボニンアイランダーというタイトルで撮影をしていましたが、小笠原の先住民を表す”ボニンアイランダー”という言葉を彼ら自身から聞くことは始めのうちはあまりありませんでした。
自分たちがそれをいうことへの照れや恥ずかしさもあったように思えます。
しかし、撮ってるうちに、彼ら自身の中にしっかりとボニンアイランダーという意識が出てきた。
写真で何度も見せるうちに、だんだんと自分たちのことを小笠原人、ボニンアイランダーとはっきりと言うようになってきたんです。
実は知ってほしかったんだ、と感じましたね。」
今回の写真集を出すことの目的は?:
「”ボニンアイランダー”というテーマを通して、小笠原にこういう人たちがいた、こういう歴史があったということを可視化して形にすることで、いろんな人に知ってほしいと思います。
そして、写真集をみてくれた人達がこの写真集をきっかけに小笠原の様々な問題や新たな視点などを感じるきっかけになってくれたらいいですね。」
この他にも、小笠原に滞在したからこそわかる彼らの生活や宗教観、はじめに移り住んだ欧米人の子孫と出会いなど、多くの撮影秘話を語ってくれた長沢氏。
最後に、カメラを愛する若者へのアドバイスを聞きました。
「何を伝えたいかで撮り方も変わってきます。
写真を撮るときは、撮っている目的、何を伝えたいかを意識することが重要です。」
今回の長沢氏の写真集の場合は、歴史が必要不可欠だったと言います。
「撮影をきっかけに対象となる人や場所、物の歴史の深いところや、新しい面白い歴史を再発見しました。
それも、資料などで調べるだけでなく、撮って話していくうちに歴史が見えてくるのも貴重な体験でしたね。」
目的意識をしっかり持ち伝えたいことを明確にしながらも、楽しんで撮影することで、長沢氏のような魅力的な写真を撮ることを是非目指してみてくださいね!
長沢氏本人による作品逸話と撮影のポイント
今回、長沢氏本人により、写真集の中でも特に思い出深い写真と、その写真のエピソードを教えていただきました。
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こちらは南スタンリーさんです。
私がこの撮影で初めて島に行き、初めてコンタクトをとった方です。
船で25時間かけて島に着き、ドキドキしながら彼の家のドアを叩きました。
そして
「この島の歴史、欧米系先住民のことを知り島に来ました。是非撮影させて下さい!」
とお願いすると
「ふざけるな、俺たちは歴史に翻弄されて迷惑しているんだ。興味本位で来るんじゃない。
俺たちはアメリカ人でも日本人でもない、小笠原人だ!帰れ。」
といきなり怒鳴られました。
今となっては笑い話ですが、長い時間かけ、意気込んでいった初めてのコンタクトで返ってきたキツイ言葉に心が折れそうになりました。
しかし少し時間が経ち、冷静になると「小笠原人」ってなんだろうと考えました。彼らが歴史に翻弄され、自分たちのアイデンティティーとは?と考え出た言葉なのだろうと思いました。
この「小笠原人 Bonon Islanders」という言葉が今後のキーワード、テーマとなりました。
スタンリーさんには、グラスボートのお客さんになったり、他に撮影した人や風景を見てもらい、何度もお願いに行きやっと撮影させてもらうことができました。
こちらはスナック・ドロシーのママ、瀬堀ドロシーさん
この写真は写真展でキービジュアルに使いました。
何気ない写真ですが、小笠原の文化を象徴するような1枚だと思っています。
まず太い木。この木は「たまな」という木で小笠原ではこのような太い木が庭にあり大事にされています。
建物。日本のスナックではありますが、アメリカ文化で育ったドロシーさんだと、このようなポップな看板になります。
そしてドロシーさんとそのファッション。
小笠原、日本、アメリカの文化が混ざった1枚だと思いキービジュアルにしました。
この写真は父島の船見山にあるウェザーステーションという展望台から撮影しました。
とても高い位置にあり、すごく見晴らしの良い場所で、父島で一番好きな場所です。
風景の撮影は大きく分けると2通りあります。
1つは、あそこが綺麗だ、この一瞬を逃さないぞ!とスピーディーに移動し撮影する方法。
もう1つは、この場所がすごく良いので、どのように変化するかを待ちながら撮影する方法。
よく狩に例えられますが、獲物を追って捕まえるか、罠をかけて待つか。
この写真は、二つ目の、待ちながら撮影をしました。
私の使っている機材が大きいので、三脚を使用しています。三脚にカメラを乗せて何時間も待つという事をしました。その間、本を読んだり、お弁当を食べたり、変わりゆく景色を見て撮影するタイミングを待ちました。
夕方から日没にかけては刻一刻と表情も変わるので、待ちながらの撮影も面白いと思います。
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撮影の背景を知ると、また新たな視点で作品を見ることができますね。
また、被写体の選び方や撮影時のポイントなど、カメラ初心者の人にも参考になるところも多かったのではないでしょうか。
カメラの上達には、上手な人の意見を聞きながら撮影を繰り返すことが近道。
こうした第一線で活躍しているプロのカメラマンのアドバイスもぜひ活かして、今後のカメラライフを充実させてくださいね!
これらの写真が載っている写真集はこちら
http://www.akaaka.com/publishing/the-bonin-islanders.html
長沢慎一郎公式HPはこちら